自己紹介

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Wales, United Kingdom
日本と英国を行き来する2人のバイリンガルキッズの母。ロンドンで生まれた子供たちを連れて日本へ。横浜で英語で創作絵本を作るキッズ・クリエイティブ・ライティングの教室を開き、英語の絵本の出版。小学校で不登校になった息子を連れて、またまた英国へ。イギリスの自然と息子のテニス・トーナメントの応援と野菜作りを楽しむ日々を過ごしていましたが、社会人学生として大学に入学。

2015年9月5日土曜日

不登校生の将来 

見えない将来 

小学校1年生から不登校生になった息子。 将来の話をする時が一番辛そうでした。

3歳上の姉の進学の話などをしている時「(高校生の)その頃には僕はもういないから。」 と言っていた息子。

それを聞いて「えぇー。どういう意味?」 と心の中で慌てる母。

自殺という言葉が頭をかすみます。

まだまだ何年も先の将来をそんなに悲観しなくても。。。
君はまだ8歳なんだよ。 

息子の何倍も多く年をとってきた母は「学校に行けなくても勉強ができなくても君は社会に出たら必ずちゃんと生きていけるよ」と思うのですがそんな慰めの言葉は息子の心には届きません。 

小学生の息子が言う
「僕には将来はない。」
「将来には僕はいないから。」

学校へ行けないことで一番辛い思いをしているのは当人の息子なのだと気がつかせてくれる言葉でした。

 消えない不安


イギリスへ引っ越してから毎日学校へいけるようになって3年が経ちます。

不登校時代が遠くなってきたと感じ始めた母と違い息子は未だに同級生と一緒に勉強できなかった時代を思い学力が低い自分の将来を悲観していました。

 姉の高校進学が近づき進路の話が出た時に「僕は学校へ行ってなかったら勉強できないから大学にはいけない。」「将来僕のできる仕事なんてないよ。」と悲観的な息子。 

毎日登校できるようになったのに学力も少しづつだけどついてきているのに、なぜ未でも将来にこんなに悲観的なのだろう。 

母は思います。
「親が何か悪いかしら?」
「私が何か悲観的なものをもっているのかしら?」
「母親の私が変わることで何か変わるのかしら?」 

不登校時に繰り返し自問していた言葉が今また心に浮かんできます。

 人生100年 


私たちがイギリスに引っ越してから3ヶ月後に夫を亡くした義母。
片割れを亡くし嘆き悲しむ義母。亡くなった義父より一つ歳上の89歳。

このまま彼女も後を追っていつ亡くなっておかしくないと家族が思っていた3年前。
「元気を出して。元気を出して。」と孫達に励まされていたら、本当にだんだん元気になって90歳になってから何年ぶりかの旅行に行くようになったりしました。

90過ぎてから年々元気になっていく義母をみていると人生100歳の時代がもうすぐ来るような気がする私。

高齢化の進む世界 世界の高齢化率の推移 内閣府調査
世界の高齢化率の推移 (内閣府調査)
 孫息子に「あなたの結婚式まで生きて、結婚式で必ず一緒にダンスを踊るからね。」と約束する91歳の母。 

「僕まだ13歳なんだけど。後10年以上は待ってもらわないと。」と困った顔で私に相談する息子。 

「あの調子ならおばあちゃんは後15年くらい大丈夫そうよね。」と答える私。 

「ママも見習って130歳まで生きるつもりでいるからよろしくね。」と 思いついた言葉を口にした母。
「それじゃ、僕はいくつまで生きればいいの?」
「ママは130歳まで生きるから、老後の面倒を見てもらわないといけないからあなたには103歳くらいまで生きてもらわないと。」
「そうかぁ。じゃあ、僕も長生きするように頑張るよ。」

 90過ぎても元気に過ごす義母に感化された私が思った言葉を口にしただけでしたがこんなに前向きな返事をもらえるとは思っていませんでした。

「元気を出して。元気を出して。」とおばあちゃんを励ましているうちにだんだん自分も元気をもらうようになった家族達。 


50歳からの大学生


90を過ぎて年々元気になっていく義理母をみて100歳になった自分の姿を思い浮かべる嫁は思います。

そうだ。人生100年とすると私はまだ半分しか生きていない。
今までの自分は80歳くらいまでなんとなく生きていくだろうとぼーっと思っていた。
もっと前向きに貪欲に生きていいこうと思ったらどうなるのだろう。
おぎゃーと生まれてから今年までと同じ年月をこの先も生きていかないといけないとなれば人生の設計も変わります。色んなことができるかも。

 息子に人生は楽しいと思ってもらうには私が変わらないと。

不登校の時には変わりたくても息子のそばについていることに必死でポジティブに大きく自分を変えようと思うこともできませんでした。
自分たちの中の悪いところはないかと悪いところ探しばかりでした。

 学校に息子が元気に通うようになって3年目。親子共に人生を前向きに生きていこう。 

この秋、母は大学生になります。
イギリスの大学 25歳以上の社会人からの大学進学が増加している
社会人の大学入学率が増えているイギリス
25歳以上の大学入学者の増加がめざましい。
2014年前年度比8.6%

不思議なことにちょっと長生きしようと思っただけで自分も周りの人たちも視点が変わった気がします。
息子も最近は「僕は将来ものを作ったりデザインする仕事がしたいな。」と言うようになりました。

不登校脱出から3年。ようやく将来を夢みて人生の設計をできるようになってきました。



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参照:内閣府 平成27年版高齢社会白書
UCAS  End of Cycle Report 2014 Applicants and acceptances by domicile and age group 2010-2014 

2015年8月1日土曜日

不登校生の親友

二人の親友

不登校生になってから道で同じ学校の同級生に会うと固まってしまう息子。同級生だけでなく同じ年頃の小学校生と思うと避けるようになった息子。

学校に行ける日でも通用口から目的の部屋に行くまで同級生や他の生徒達から身を隠すように歩く息子。

そんな息子にも親友とも呼べる二人の友人がいました。
近所の友人。二人共息子とは違う学年でした。

学校に行き渋りし始めた頃には何度も訪ねてくれた同級生達。息子が会うのを嫌がっているのを察してか段々と足が遠のいて行きました。

不登校生になってからいつも遊ぶのはこの近所のお友達二人でした。
一人は息子より一つ年下。息子が小学1年で正式な不登校生になった時、彼は幼稚園生。その為か息子にとって学校を思い出すこともなく気兼ねに遊べる友人でした。

もう一人は息子より2歳年上。同じ小学校の上級生でした。
不登校生になった息子をよく自宅に招いてくれた彼。
とても社交的な彼の自宅にはいつもクラスメイトや近所のお友達がいっぱい遊びに来ていました。

『学校では他の生徒を見かけただけで避けたり固まってしまう息子なのに大丈夫かな?』と心配していた母でした。

でも、誘いの電話があると飛び出していく息子は一日中家の中で小さくなっていた息子とは別人のようでした。

こうやって毎日のように息子は放課後、家の外に遊びに行くのを楽しみにしていました。

「まだ2時だから、あと1時間20分だね。」時計を見ながらつぶやく息子。お昼ご飯を食べた頃から時計を気にし始めます。

今日も放課後になるのを朝からずーっと待っています。

『放課後になったらひとりぼっちじゃなくなる。』そんな思いだったのでしょうか。

家の外で子供の声が聞こえるだけで窓から遠い部屋の反対側へ走って行く息子。
このまま引きこもりになってしまうのでは。。。母の心は学校に行けないことより外に出れない子になったらどうしようと痛みました。

上級生の親友を通して上級生の知り合いも増えました。年が上のせいかみんな息子の気持ちを読めるのか優しく暖かく接してくれました。

「放課後みんなで学校で遊ぶからおいでよ。」と上級生に誘われて放課後学校に遊びに行くこともありました。

翌日、母一人学校に行くと「昨日、放課後に校庭に遊びに来ていましたよ。」と先生に声をかけられて恐縮するのでした。

『なぜ昼間は学校に来ないのに放課後になると学校に来れるのか。』と先生方は不思議に思っているのでは。。。

恐縮すると同時になぜ誰も居ない放課後には学校に来れるのに授業がある時間に登校することができないのか学校の先生方が少しでも不思議に思ってくれたら不登校の謎が少しでも解明できるのではと思ったりもしていました。

充実した放課後


毎日のように遊びに来てくれたり誘いに来てくれる二人。不登校生の息子の放課後はこの二人の親友によりとても充実したものでした。

「石1つ 80円」という木札とともに庭に石を並べて将来二人で石を売る石屋になるんだと話してくれた一つ年下の親友。

学校に行かない息子の友達の輪を広げてくれた上級生の親友。

息子が引きこもりにならず家の外へ目を向けることができたのはこの二人のお陰でした。

学校へ行けなかったつらい時期でも友達と一緒に公園に行ったり虫や魚をとったりゲームをしたりスポーツをした楽しい思い出が息子の心に残りました。

夏休みに里帰りをした渡英後3年目の夏。
小学生だった息子も二人の親友も中学生と高校生になっていました。

いまだに公園にエビを取りに行こうと話す中学生と高校生。

生まれてきてくれてありがとう

不登校生の親友。この二人がいなかったら息子はどうなっていたのだろう。

母は必死に息子の不登校を解決しようと努力してきたように思っていましたが、振り返ると母親ができたことは息子の送り迎えとか付き添いと寄り添いだけ。。。

息子の不登校は息子の辛い思いと深い悩みの時間をへて彼に携わってきた多くの人たちの思いによって少しづつ少しづつ何かが変わってきたのでしょうか。。。

そして、その息子の心の変化の一番下にいつもいてくれた二人の親友。

不登校時代どんなに辛くても「生まれてきてくれてありがとう。」と母はいつも思っていると伝えたかった。

そして息子を支えてくれた親友達にも同じように偶然かもしれないけど出会えてよかった。

生まれてきてくれてありがとう。


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関連する記事













2015年6月19日金曜日

GCSE 試験日程と延長時間

長い試験日程

5月から始まったGCSEの試験も6月の2週目に入りようやく終わりに近づきました。
長かった試験期間。日本の高校入試と違いイギリスの義務教育修了試験であるGCSEは各科目ごとに何日も行います。
GCSEの数学は試験が2回に分かれ2日間。英語は一般英語、文学と二つに分かれて、さらに文学の試験は2回に分けて試験が行われてと試験日数が増えていきます。

1教科の試験時間が長いので試験を小分けにします。数学は1部と2部で各2時間半となんと「のべ5時間」。

今年、我が家の長女も延17日間の試験日程をこなしました。

2年間の受験準備が終わる最後のラストスパートと親子共も力が入りますが、そのラストスパートの試験は1ヶ月以上にまたがり、さらに途中で学校の中休みも入りとだらだらと続くイギリスの全国統一試験。

「いよいよ試験が始まったぁ。最後の一息。」と思ってから試験最終日まで緊張感を保つのが大変。
 終わっても「はぁ」とため息つく受験生の母でした。
イギリスの全国統一試験 GCSEの長い試験日程表
GCSE の試験日程表
6教科試験でも17日間と長い試験日程

ディスレクシアと延長試験時間

「私の英語のクラスではディスレクシアの子も多いからって、今日筆記速度のテストがあったわ。」と教えてくれた我が家の受験生。

GCSEの試験にさきがけ長女の中学校では 受験の際に特別な考慮が必要かを査定するテストが行われました。

 受験特別措置とは延長時間、別室受験、付き添いによる代読みや「Scribe」と呼ばれる代筆です。イギリスではディスレクシアやAD等の学習障害を持つ生徒や怪我をしていて受験に差し障りのある生徒もこの対象になります。

 GCSEおよびAレベル では試験時間の25%が延長追加されます。

2時間半のGCSE英語の試験だと追加される時間は約37分となり1回の試験時間は3時間強

この延長時間の利用の仕方をうまく管理しないと 試験時間が長い為、同じ日に試験が2つあった場合Aレベルでは1日で7時間半の試験時間という長丁場になる場合があると特別支援教育教師連盟であるPATOSS*は延長時間による受験生の負担を指摘しています。

学校での学習障害のプログラムや受験特別措置の恩恵は大きい。

GCSEの最高グレードのA*(Aスター)とったディスレクシアを持つHollyは10歳まで読み書きができませんでした。それが、英語でA*を取ったばかりでなく、A*2教科とA3教科とトップグレードを合わせて5教科で取りました。

増加する延長時間受験生

GCSEで受験時間延長を受けた生徒は、2010年で109,773 人、2011年117,169人そして2012年では 123,248人 とその数が年々増加しているとメディアなどから指摘されています。

試験共通委員会であるJCQ(The Joint Council for Qualifications)により2014年から新しいガイドラインが設定されました。

これにより英語がネイティブでないバイリンガルの生徒への特別措置もなくなりました。ディスレクシアなどの学習障害の審査も試験毎に行われるようになりました。

中学生になってディスレクシアと認知された甥っ子は学校のディスレクシアプログラムにより学習力がとても伸びて、5月のGCSEの試験で延長時間は必要なしとなりました。

1月の模擬試験の時も延長時間が認められ5月の試験直前まで延長時間を考慮した受験対策を行ってきた甥っ子。

そんな突然に「君は勉強ができるようになったから」と言われても。。。

ディスレクシアアセスメントやプログラムも普及してきたイギリスでも、まだまだ課題は続きます。

*PATOSS(The Professional Association of teachers of students with special learning difficulties)

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関連する記事



参照 
テレグラフ  GCSEs: 'extra time' rule overhauled to stamp out abuse (2013年8月)
ITV news: Dyslexia GCSE student celebrates A* in English (2014年8月21日)
PATOSS Tips-for-Students-with-Extra-Time-in-Examinations (2012 年2月)

2015年5月15日金曜日

ipadは学校のステイタス  ディスレクシアの子供達

ipadでの学校教育 

「私のクラスの様子を見せてあげる。」と言って小学校の先生をしている姪っ子がipadを持って遊びにきました。 

彼女は小学校の最年少の学年(レセブション)で5歳児の担任をしています。 
「教室に常備している」というipadには子供達が撮った写真や作った画像がいっぱい。

 「子供達が勝手に使っているから何を撮っているかわからない。」といいながら見せてくれました。 確かに頭が途切れたり足の先しか撮れていない写真も多いですが、いろいろと面白く加工された写真や画像がいっぱいありました。 

「すごい。これ、本当に5歳の子供達が作ったの?」と私も家族もびっくり。 

「このipadは教室用で、休み時間に子供達が勝手に使うから私もどうやっているのかわからないわ。」と担任教師も感嘆した口調です。 

ipadを利用した授業風景 写真:ガーディアン紙
ipadでの授業カリキュラム Stephen Perce Foundation (写真:ガーディアン紙)
「5歳の子供達が勝手に使うのでは高い機械が壊れたりしないの?」と思わず心配してしまう大人ですが、 「このプラスチックのカバーがついているから投げて落としたって壊れたりしないわよ。」と先生は澄まし顔。 

イギリスの学校では、今ipad が学校に何台あるかがステイタス。 
息子の小学校でも『ipadを何台購入しました。』と学校通信に誇らしげに発表していました。姪っ子の小学校では1クラスにipad1台と教師が授業に利用する為の2台はあると話してくれました。 

10年前に娘が入学したロンドンの小学校も各教室にコンピューターが1台あって、子供達が休み時間に勝手に使っていたのを見て驚いた私。 

今はワイヤレス、タブレット、ipadやスマートフォンの時代。
クラスにipad 1台どころか生徒一人に1台を与える学校も増えています。


イギリスの学校では当たり前のITを利用した授業で、日本の学校で不登校生だった為学習が遅れていた息子もすごく助けられました。 

「日本の学校でもipadを授業中に使えたらいいね。」
息子の友達でディスレクシアのお友達のことを思います。

ipadを利用した授業が増えているイギリスの学校  写真:ipads in primary
写真:ipads in primaryブログサイトから( www.ipadsinprimary.co.uk)


 ディスレクシアとコンピューター 


中学校になってからディスレクシアであるとわかった息子の友達。  漢字の読み書きが苦手、でもがんばって勉強してきました。 

「漢字を勉強させても全然覚えられなくて困っちゃうんだよね。」とお父さん。
「漢字の勉強をするとすごくストレスがたまっちゃうみたい。」とお母さん。

ご両親の表現は控えめですが、鉛筆を持ったまま何時間も机の前でフリーズしていた不登校時代の息子の姿が思わず目に浮かびます。 

何度、同じ漢字を書かせても覚えることができないのはなぜ?

ディスレクシアの難しいところは「ちょっと勉強が苦手な子?」というくらいにしか思わず親も教師もはじめは学習障害と疑わないことです。

本人はすごく努力していても「勉強が足りない。」「努力が足りない。」と誤解されやすいこと。 

アメリカ人の俳優のヘンリー・ウィンクラー(Henry Winkler)は31歳まで自分がディスレクシアと知りませんでした。「自分は馬鹿なだけだと思っていた。学校でも周りからも馬鹿だといわれ続けたから。。。」 

彼はディスレクシアと判明してから初めて読書を楽しめるようになりました。いまではディスレクシアの少年を主人公にしたハンク・ジップザー(Hank Zipzer)の本のシリーズの作家としても活躍し、2011年には女王様から大英帝国勲章(OBE:Order of the British Empire)を受賞しました。ハンク・ジップザーはテレビシリーズにもなりイギリスの国営テレビ局BBCで2014年から放映されています。 

ディスレクシアのハンクジップザーのお話 イギリスの国営放送局 BBCにて放送 
子供番組 CBBC で放映中 ハンク•ジップザー

息子がイギリスの小学校で授業中コンピューターを利用して勉強を許可されていることを伝えたら「コンピューターを使うのは得意だから学校でもコンピューターを使えるといいのに。」とディスレクシアの勉強法を探して東大の科学先端技術センターのディスレクシアプログラムにたどり着いたご両親はつぶやきます。

PCやipad などITを授業や試験で利用できれば、ディスレクシアの子供達も勉強しても努力が実らないというむなしい空回りが減るのに。。。ヘンリー・ウィンクラーのようにできないと思っていた読書も楽しめたり、何よりも自分が馬鹿ではないという自信を持つことができるのに。。。

ちなみにipadを全校生徒に1台づつ配給する『1:1 ipadプログラム』をイギリスでいち早く導入した セダース校によるとipadを与えても生徒がすぐ壊すのではという質問に対して、その割合は年間2%だけだと答えています。

この学校ではipadを利用して生徒達は読書をしたり、文章を書いたり、ゲームをしたり、検索をしたりするだけでなく、マインドマップ、メイル、音楽の作成や演奏、アニメーションやコンピュータープログラムの制作などと多様に利用しています。子供達が勉強する為に、また創造力の表現のツールとしてipadは一番効果的と言うイギリスの学校。

子供達には様々な能力がある。学校で一つのことができないからと言ってすべてが否定されてしまわないように、いかに子供のもつ才能を引き出せるか鍵は今の子供達の生活の一部になってきているITツールを学校でどれだけ利用できるかということかもしれません。


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関連する記事

 ディスレクシアと日本語 
イギリスの学校教育 苦手なことより得意なこと コンピューターを利用した支援教育 
イギリスの小学校 特別教育支援(SEN)の指導法

記事中で紹介した本

  


参照



2015年5月5日火曜日

ディスレクシアと日本語

日本のディスレクシア


 息子が英国へ引っ越す時に、 息子と仲良くしてくれた近所の上級生のお父さんが 「引っ越しちゃうと漢字を読んでくる人がいなくなって困っちゃうね。」 とつぶやきました。

 なんのこと?と首をかしげる私。

 小学校1年から不登校生の息子でしたが、なぜか漢字を読むのだけは好きでした。  息子の興味のあることに気がついた校長先生は、校長室での個人授業でも漢字を取り上げてくれました。ひらがなを書くのも億劫な息子ですが、なぜか漢字を読むのは得意になりました。

 不登校生の息子に声をかけてくれて一緒によく遊んでいた上級生のお友達。誘われてはその子の家に行って、一緒にコンピューターゲームをした息子。

 漢字が苦手なその上級生はゲームをしている時漢字が出てくると息子に読んでもらっていたとその子のお父さんが教えてくてました。

 初めて知った事実。不登校生でまともに勉強できずに学力が遅れている息子。 
たった一つの得意なことがこんなところで活躍していたなんて。

 不登校生でも誰かの役に立つことができるんだ。 
心に奥がポッと暖かくなった一瞬でした。

 中学校に進学したこの上級生がディスレクシアだったと知ったのはその後でした。

 イギリスではよく聞く「ディスレクシア(dyslexia)」という言葉。 
日本で聞いたのは、この友達が初めてでした。
 日本語でもディスレクシアってあるんだぁ。

ディスレクシアは聞いた言葉の綴りを書くことができない学習障害。 
初めて耳にしたのはイギリスでした。

イギリスのディスレクシア支援体制


 電話先の仕事相手に「今の言葉のスペルを教えて。」と聞いた時。
「僕はディスレクシアだから教えられないんだよ。電話では自分の名前のスペルを教えることもできない。」と言われてびっくりしました。

電話先の相手はロンドンの有名芸術大学院を卒業した現代作家。一緒に仕事をしていても頭のいい彼の学力を一瞬も疑ったことはありませんでした。読書も好きな彼はいつも本を手に持っていました。

とっても難しい本を読んだり哲学的なことを考えたりできるのに、自分の名前も書くことができないなんて、そんなことがあるの? それがディスレクシアとの出会いでした。

彼の高校は有名人を卒業生に多く持つ私立学校。2012年のロンドンオリンピッックでは、金賞受賞者2名を含めた8名の受賞選手を出しました。「僕の通っていたミルフィールド(Millfield)はディスレクシアのサポートが充実しているんだよ。」

ディスレクシアの支援教育で有名な英国の私立の全寮制学校 Millfield School
Millfield School (photo:テレグラフ紙)


2012年のオリンピック受賞者を多く出したイギリスのミルフィード校はディスレクシアの支援教育でも有名です。
2012年のオリンピックでは卒業生が活躍 (photo:the Daily Mirror)


ディスレクシアのレベルは個人差がありますが、イギリスでは学校や大学あるいは多くの資格コースでもサポート体制があります。ディスレクシアだから進学できない、資格が取れないということはありません。

 義理の姉が二人目を産んだ後に何を思ったか法廷弁護士の資格BPTCを取る為に、大学院へ入学。ディスレクシアの受験生はコンピュータを利用して資格試験を受けれます。ディスレクシアと認められた彼女でも無事卒業試験にも合格。

「単語の綴りが書けないからといって、個人の学力や知能力に限りがあるのとは違う。
少しの支援があれば個人の可能な限りの能力が発揮できる。」
そして、「それを認めよう。」という考えでしょう。

英語のディスレクシアに日本語教育がいい。

 英語は発音と単語のスペルの関係が複雑です。26文字のアルファベットの組み合わせで40以上の発音があります。ディスレクシアは英語ならではの学習障害だと思っていました。文字の発音と字が一致する日本語ではディスレクシアはないと思っていた私。 

不登校生の息子が独力で辞書や図鑑を読み進めていけるのは、この日本語の特性のお陰と思っていました。

 でも、漢字があったのね。 

確かにひらがなやカタカナは発音通りの綴りですが、漢字はいくつも発音があるし、発音と綴りの関係が複雑です。漢字と英語の単語はそういう意味で似ているかな。

 漢字のディスレクシアで困っている日本のお友達。でも、アメリカやイギリスの学校では英語のディスレクシアの生徒に日本語や中国語を習わせると習得がよいという結果が出ています。英語だとスペルが書けないけど、日本語だと作文が書けるようになったというアメリカのディスレクシアの13歳。イギリスの学校ではディスレクシアの生徒の為に日本語の授業を行っています。

ディスレクシアの認知度


最近になってディスレクシア教育の体制が整ってきたイギリスですが、義理の母曰く娘がディスレクシアとは大学院へ行くまで知らなかった。
「そういえば昔から学校の宿題で同じ言葉を3回違うスペルで書いていたけど。。。ディスレクシアなんて言葉も知らなかった。」
 イギリスでもディスレクシアという言葉が普及していなかった時があったのですね。

 日本ではまだまだ聞き慣れないこの言葉。 ディスレクシアと判定されても通っていた中学校ではディスレクシアと認めてもらえかった息子のお友達。

漢字が読めないのにどうやって入試試験を受けれるのだろうか。学校で認知があれば入試の際のサポートもあるのに。。。不安を抱えながら通える高校を探すご両親。不登校生の息子にもあう学校があるのではとあちらこちらへと足を運んだ昔の自分と重なります。

 漢字は苦手でもひらがなやカタカナはすごい速さで読むことができます。
社交的でスポーツも得意なお友達。

中学校のスポーツ部でも活躍して、高校は得意なスポーツでの入学が決まりました。

彼の才能を見分けた中学校の先生が推薦してくれました。推薦試験に無事に合格。
高校入試時期を待たず一足先に進学先が決まりました。

ご両親も予想していなかった結果。
 得意なことがあれば必ず誰か見ていてくれるのね。

 高校入学おめでとう。

できないことより得意なことに目を向けて元気に歩いていければきっとどこかへつながるのね。


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関連する記事
英国の特別支援 イギリスの小学校

参照 Dyslexics excel at Japanese, The Guardian, 2006
Unlocking Dyslexia in Japanese, the Wall Street Journal, 2011
London 2012 Olympics: The private school that produced eight of the Olympians,The Telegraph,2012
The Amazing Wilson: Schools' Cup final blow drove Peter to Olympic glory, The Daily Mail, 2012