自己紹介

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Wales, United Kingdom
日本と英国を行き来する2人のバイリンガルキッズの母。ロンドンで生まれた子供たちを連れて日本へ。横浜で英語で創作絵本を作るキッズ・クリエイティブ・ライティングの教室を開き、英語の絵本の出版。小学校で不登校になった息子を連れて、またまた英国へ。イギリスの自然と息子のテニス・トーナメントの応援と野菜作りを楽しむ日々を過ごしていましたが、社会人学生として大学に入学。
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2013年11月10日日曜日

イギリスの学校 中学校への橋渡し 入学式

短かった小学校登校生活と中学校進学

日本で小学校1年生の時から不登校だった息子が、5年生にイギリスの小学校へ転校してから、出席日数は90%以上。やった―。

せっかく楽しい学校生活をおくれていたのに、毎日登校し始めてから、わずか1年と2カ月で小学校生活が終ってしまいます。  短かった登校生活、あっという間に小学校卒業。中学へ進学しなくちゃいけない。

 「また、学校が変わる。また、生活が変わる。」

せっかく、通学できるようになったのに、中学校にも無事通えるかしら。せっかく不登校脱出できたのに、進学と同時にまた逆戻りということも。

小学校の卒業式の日、担任の先生から言われました。「この1年の息子さんの精神的なそして学力の進歩は目を見張るものでした。でも、あと1年、手元において教えたかった。」

『先生、私も同じ気持ちです。』

日本の不登校生数の学年別の統計を見ると、中学校1年の時に不登校になるケースが圧倒的に多い。

「もう少し小学校に残れないかしら。。。」

中学1年で不登校生数急増 学年別不登校生数 H23年度 内閣府HP 文部科学省 
内閣府H25年子ども・若者白書(文部科学省の統計より)


そんな親や先生の思いもよそに、我が息子。「僕は十分小学校を楽しんだから、同級生と一緒に中学校に行くよ。当然でしょ。」

うーん、言葉だけはたくましいのだけど。。。『1年前はこんなたくましい言葉も発せられなかった息子。やはり、もう僕は大丈夫だよと言うシグナルでは。。。』母の心は揺れます。

新7年生(中学1年)登校日と入学式 

小学校卒業式の翌日から夏休みの間、怒涛のように続いたテニストーナメントの最後の1試合が終わったとたん、彼の不安レベルは一気に上昇。中学入学まであと数日。この日までテニスに神経を集中してきたおかげで、彼の不安は抑えられていたのかも。

英国で通った小学校は全生徒数200名の少人数。それに比べて、これから通う中学校は、1学年9クラスもありマンモス校。不登校生の親でなくても、懸念する材料は多くあるのに。。。

式典とか派手なことが苦手な息子。入学式にすら出ないかも。一番最初の山は、やはり中学初登校日。母はため息をつきます。

ところが、私の心配は無駄に終わりました。
イギリスの中学校には、日本のような親も連れ立っての華やかな入学式はありませんでした。

入学式の式典のご案内のかわりに「新7年生は、登校時間の朝9時に、自分のクラスに集まってください。」というメールのお知らせが新中学生の親に送られてきました。

イギリスでは、中学に就学しても、新1年生ではなく新7年生になります。小学校から中学校へかわっても、学年の呼び方に区切りがなく『7年生』へと進みます。 高校への就学も同じで、中学3年から高校1年生になるのでなく、11年生(中学3年)から12年生(高校1年)になります。

 就学前のクラス分け

小学校の卒業式が終わった7月。「僕は、中学校では7年A組のクラスなんだ。」と教えてくれた息子。「もう、知っているの?」と驚いた母。9月の入学日は、まだ1カ月以上も先なのだけど。

「7月の初めにあった中学校訪問の時に、クラス分けがされて、もう新しい7年生のクラスメイトと一緒に教室でいろんな活動したんだよ。」

 こうして、9月の中学初登校日には、まるでいつもと同じ朝のように、お友達と誘いあって、子供たちだけで新しい学校の門をくぐったのでした。




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参照:内閣府 平成25年版 子ども・若者白書 (出典:文部科学省 平成23年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」)

2013年10月25日金曜日

イギリスの小学校 自己紹介

ハードルの高い自己紹介

自己紹介って、大人でも、「なんて言おうかな。」なんてドキドキするものです。

たしかに、大人になると、「自己紹介で、面白いことを言って、うまく印象付けよう。」なんてつまらない受けを狙ったりするので、緊張が高まるのですが。 

不登校生の息子に、自己紹介はハードルが高い。かなり高い。

 「自己紹介というと、たいがいは、名前を言って、『よろしく。』と、頭を下げれば終わりなんじゃないの。」と思いますが。 そうは、思わないのが、まだ人生経験の少ないピュアな子供たち。

 学校に毎日行っていれば、知っている人間の間でのあいさつが、日課のほとんどですが、息子は、学校から足がだんだん遠くなるにつれ、学校の友達や知っている人でも、道端でばったり出会っただけで、顔がこわばって、身体が固まってしまったりします。

 ところが、不登校生になると、いろいろな教育相談所、カウンセリングや病院などと不定期な場所に連れて行かれたりして、初めての人にあいさつをしないといけない場面が、かえって多くなったりして。理不尽ですね。

英国の学校へ転校1日目

イギリスの学校に転校する時に、この自己紹介が、彼の大きな不安の材料の一つでした。もちろん、他にもいっぱい不安な材料があったのですが。

 「自己紹介しろって言われたら、どうしよう。」

転校第1日目、家を出たまではいいけど。 息子の足は、3歩踏み出し、2歩下がる。『また、これかぁ。』わずか、数分の学校までの道のりがすごく長く感じます。

それでも、途中から心を決めたのか。学校の門をくぐることができました。
 「行ってらっしゃい。学校楽しんできてね。」 こんな声かけが、息子にできる日が来るとは。。。

イギリスの小学校は、公立の学校でも、生徒の送り迎えがあります。5年生になっても、ほとんどの生徒の家族が、学校の門の前で、子供たちが出てくるのを待っています。

 息子も校舎から、元気に出てきました。

開口一番。 「自己紹介はなかったよ。でも、みんな僕の名前を知っているんだ。前から知っているみたいで。今朝も、僕の名前を呼んで、『おはよう。』ってあいさつしてくれたんだ。どうして、僕の名前知っているのかな?」

次の日も、学校から帰ってくると、「同じクラスの子だけじゃなくて、他のクラスの子や上級生も僕の名前知っていて、声をかけてくるんだよ。」

「お友達できた?」と聞くと、 「みんなが、僕の名前知っているから、名前を呼ばれて、声をかけられると、なんとなく、友達っぽくなったりするんだよ。」


転校3日目の自己紹介

そして、転校3日目。「今日、僕は、自己紹介したんだよ。」
『いよいよ、自己紹介か。』母親の胸の鼓動は高まります。

 「先生が、『そろそろクラスのお友達の名前も覚えてもらいましょう。』と言って、みんなが一人づつ自己紹介して、最後に僕が自己紹介したんだ。日本のことを話したよ。」 嬉しそうに話てくれた息子に、学校への不安さなど感じられませんでした。

「でも、自己紹介する必要あったのかなぁ?だって、もうクラスの半分くらいの子とは、一緒に遊んで名前も覚えているもの。」 

新天地での出発は、緊張しやすい転校生への先生方や学校の生徒の優しい心遣いから始まりました。

イギリスの小学校 自己紹介ができたよ ゆっくりのかたつむりからジャンプができるかえるに脱皮
かたつむりからかえるへ脱皮? 高いハードルがだんだん小さくなっていきます

小学校1年生で不登校生になった息子が、海を越えて、イギリスの学校へ。転校した日から、学年末までの息子の出席率は、98.6%でした。不登校さようならっていえるかな。



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2013年10月8日火曜日

イギリスの小学校 能力別授業

英国の特別教育支援(SEN)

日本の小学校から英国の小学校に転校した際、息子はSEN (Special Education Needs)の生徒となりました。SENの生徒とは、特別支援の生徒のことを呼びます。特別教育の必要な生徒とされて、学校で、その生徒に適したサポートを受けられます。

日本の小学校では、特別支援の教室がありますが、イギリスでは、特別支援の生徒はたいがい普通学級の生徒として、普通級の教室でクラスメイトと勉強します。 (親の要望や学校側で要求した場合は、特別支援校および特別支援級に入る場合もあります。)

息子も、普通学級の教室でサポートを受けながら、イギリスの小学校5年生のクラスメイトと一緒に、勉強できることになりました。

このときは、まだ、日本で何年も不登校生だった息子が、イギリスに来たからといって、学校に通えるかわからない状況でしたが、とりあえず、勉強に関しては、個別にサポートしてもらえるという約束をもらい、ほっとしました。

それにしても、英語圏以外の国からの生徒は、特別なサポートを受けられると言うのは、とっても嬉しいことです。

教室での能力別(レベル分け)授業

 さて、『SEN(特別支援)の生徒になった息子には、どんなサポートがされるのかしら?』と、思っていたある日。

 「算数の授業では、僕は、別の教室に連れて行かれて、勉強しているんだ。このグループには、同じクラスの子が3人いるんだよ。」 と息子が報告してくれました。

 『これが、特別支援のサポートなのかな?』 と思いきや。

「クラスの他の子たちも、それぞれグループに分かれていて、僕のグループは一番下のグループ。」と説明してくれた息子。

そういえば、イギリスの小学校は、英語と算数の授業は、能力別グループ分けをしていたんだ。

思い出したのは、ロンドンの小学校で、Year1(1年生)になった長女のクラス面談に初めて行った時のこと。 1年生の教室に入ると、教室の真ん中に、天井から算数・英語のグループと書かれた紙がつるされていました。

英語のグループは、「Letter(文字)」「Word(単語)」「Sentence (文章)」「Story(物語)」「Book(本)」と書かれた紙に、それぞれの紙に子供たちの名前が書いてありました。

「Letter(文字)」と書いてある紙には、子供の名前は2名程書いてあり、「Book(本)」と書かれた紙にも名前は4名ほど。 他の生徒は、「Word(単語)」「Sentence (文章)」「Story(物語)」の3つのグループに、5~8名の名前が書いてありました。

 算数は、「Circle(まる)」「Triangle(三角)」「Square(四角)」「Pentagon(5角形)」「Hexiagon(6角形)」と分かれていて、それぞれ子供たちの名前が書かれていました。

やはり、「Circle(まる)」と「Hexagon(6角形)」のグループの人数が一番少なく、その他の3つのグループに、ほとんどの子供たちが分かれていました。

 一目見て、能力分けされているのがわかります。

英語のグループ名は、「Letter(文字)」から「Book(本)」。算数のグループ名は、「Circle(まる)」から「Hexagon(6角形)」。これらのグループ名は、どちらがレベルが上のグループで、どちらが下か説明されなくてもわかりますね。
(念のために、説明しておきますが、「Book(本)」と「Hexagon (6角形)」がレベルが一番上のグループです。)

イギリスの小学校能力分けグループリスト
こんな風に教室につるされていた英語・算数グループ分けリスト イラストをかいてみました。

教室での保護者の学習ヘルパー

 このロンドンの小学校では、生徒の親がボランティアで授業のお手伝いをすることができました。

日本の小学校のような授業風景がみられる授業参観の日などはないイギリスの小学校。 どんなふうに授業しているのか見たくて、お手伝いに行きました。

 その日のお手伝いは、英語の授業。

娘の教室についたら、教室の外の廊下のところに、机がひとつおいてあり、机を挟んで、椅子が二つ置いてありました。

 『何に使うのかな?』とおもったら、この机は、英語のレベルの一番下のグループの子が、先生と勉強する場所。教室の外で、担任の先生とマンツーマンの授業。英語が読めない子もいるので、アルファベットから始めていました。

教室の中に入ると、子供たちは、3つのグループに分かれていました。 7、8名いるの二つグループは、床にグループごとに座って、それぞれアシスタントの先生により、授業が行われていました。

おや、教室の端っこに机をくっつけて座っている4人のグループ。子供たちが、一人づつなにやら一生懸命書いています。『何を書いているのかな?』とのぞいたら、文章問題に、答えを書いていました。

同じクラスの6歳の長女は、まだ、「apple」とか「book」とかようやく読めて書くようになってきたばかり。

『 まさか、一人でこの問題を解いているのかしら?』

「この問題は、何て書いてあるか読めるの?」と、この4人グループの一人に聞いたら、「もちろん。」という返事。隣の子は、長い長い文章を答えの欄に書いていました。

 同じ学年なのに、すごい違い。わが娘も、イギリス生まれでイギリス育ち。小さいときから、英語で学んできているはずなのに、どうして?

ボランティアの保護者は、この優秀なグループ4名のお手伝い。と言っても、どの子も、わき目も振らずに、一人でどんどん問題をこなしていくので、保護者ヘルパーの仕事は、落ちた消しゴムを拾ってあげたり、鉛筆を削ってあげたりするだけ。

イギリスの学校での子供の能力分けとは


子どもの能力に差があって当然。できない子にサポートが付き、できる子たちは、自分の能力を生かして好きにやって行きなさい。

イギリス流レベル分け授業というのは、こういうことなのかな?

不登校だった息子は、英国へ転校する5年生まで、毎日授業を受けることはなかったので、英語どころか算数・理科等も含めてすべての科目の習得や知識には大きなギャップがありました。

でも、イギリスの小学校でのレベル別授業のお陰なのか、取り残されることもなく、クラスのみんなと学校生活を楽しめました。最後には、6年生レベルの学力習得が満足にできているというお墨付きの成績表も手に入れて、無事小学校を卒業できました。

算数の授業、簡単でよかったよ。

不登校生だった息子は、日本でも、少しは個別で勉強を教えてもらっていたので、まったく算数ができないというわけではなかったのですが、日本で勉強した量は、毎日に学校に通っているお友達とは大きくかけ離れていて、当然。

ということで、彼のクラスでの算数のグループは、クラスで一番下のグループ。 いままで、 学校で英語で勉強したこともないので、英語の授業は、とうぜん、クラスで一番下のグループ。

『学校に行くことはできても、クラスで何も分からず引き目を感じるのでは。また、それが原因になって不登校になるのでは。』と、心配していた母でしたが。

「僕、今の算数のグループで良かったよ。算数の勉強が、すごく簡単。」と、我が息子は、明るい声で教えてくれました。

学校に毎日楽しく通えるようになっただけでも最高と思っていた母ですが、こんなに明るく言われると、勉強のことも心配になってきました。

できなくても大丈夫といえる自信

息子の算数のグループに、息子と良く遊ぶお友達の名前がなかったので、息子と仲の良い子たちは、どのグループなのかしら?と思わず興味心がわきました。

 「君の親友のJ君は、算数は、どのグループ?」 「もちろん、一番上のグループ。」

 「そのグループに入れるのは、いつになるかなぁ?」 プレッシャーを与えることになるかなぁと思いつつも、思わず質問すると。

 「そりゃ、一生無理でしょう。」とにこにこ顔ではっきりと断言した息子。

思わず、返事に詰まってしまいましたが、何よりも引き目も感じていない明るい笑顔の息子を見て、嬉しくなった私。彼の顔には、『勉強ができなくても平気』という自信がみなぎっていました。

こんなに堂々と開き直った息子を見ることは、小学校に入ってから初めてでした。

日本にいた時は、「みんなと同じでなくちゃ。」「こんなんじゃ駄目なんだ。」と自分を追い詰めていることが多かった息子。

「君は君のままでいいんだよ。」というメッセージをいっぱいもらって、ようやく、『できなくても大丈夫。』と思えるようになったね。

自分は自分。楽しく勉強できればいいよね。なによりも、楽しく学校に行けることができてよかったね。



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2013年9月15日日曜日

正式な不登校生 校長先生の家庭訪問

校長先生お勧めの絵本

校長先生が、息子に会う為にわが家を訪問された時に、一緒に絵本を持ってきてくれました。

ドロシー・マリノの『くんちゃんのだいりょこう』
こぐまのくんちゃんが、秋に南の国へ飛ぶ立つ渡り鳥の後を追いかけて、冒険に出ようとする話です。
心配するお母さんぐまを家において、一人で出かけてしまう息子の話。

 学校に行けずに、家にこもっている息子をもつ母としては、
 『独り立ちできる息子をもったくんちゃんのお母さんがうらやましい。』
 『校長先生は、この本を、不登校の息子でなく、親の為に選んだのかしら?』とまで思ったりして。

校長先生お勧めの絵本 ドロシー・マリノ作 くんちゃんのだいりょこう
絵本ドロシー・マリノ作 くんちゃんのだいりょこう

校長先生の初めての訪問

30日以上の不登校により、息子が正式な不登校生になった時、初めて校長先生の家庭訪問がありました。
この校長先生の家庭訪問があった後は、それまで、小学校に戻れない息子と模索していた毎日が、大きく変わったような気がしました。

だからといって、不登校の息子が、毎日学校に通うようになったわけではありません。
息子は、それから3年後にイギリスへ転校するまで、自分のクラスルームで同級生と一緒に授業を受けることはありませんでした。

それでも、不登校生になったことで悩んでいた私達の気持ちに、大きな展開があったと思ったのは。。。

 1年生の1学期に学校を休み出してから、半年後には、1カ月近くの長期の休み続きとなり、正式な不登校生になるまでの間に、学校の担任の先生や副校長先生、スクールカウンセラーを含むいろんな教育関係の方に、息子のことを相談しました。


「今は様子を見ましょう。」とか「次にまたお母さんと相談しましょう。」とか不登校生について相談にのってくれたり、提案などしてくれたけど。。。

何かが違う?

『一つも息子が学校へ戻れるきっかけづくりにならない。』

焦りました。それ以上に、相談する相手に不信感がわいてきたり。

『息子という人間を、個人的に興味をもってくれた先生はいたかしら?』
『息子がどのような人間なのか、よく知っているのかしら?』

 担任の先生が訪問に来ても、トイレに隠れてしまって会わなかった息子。

<自分が何に興味を持って、どんな考えを持っているのか。>
小学校1年生の1学期から学校を休みだし、自分をアピールする間もなく、学校へ行けなくなってしまった息子。

校長先生と息子のおしゃべり

わが家を訪問した校長先生と息子は、自宅の居間に貼ってあるポスターの恐竜の話をしたり、先生が持ってきてくださった絵本の話をしたり、いろいろなことを話していました。

最初は、緊張していたように見えた息子でしたが、彼の興味を引きだすような質問に、安心したのか、しっかりと質問に答えたり、自分の意見を伝えたり、楽しいおしゃべりをしている様に見えました。

「学校にどうしてこないの?」とかいう質問もなく、学校のことに触れる話は出ませんでした。

 息子がどんなことに興味を持っているのか、彼の頭の中はどんなことが詰まっているのか。
彼の思想の引き出しを開けるような楽しい会話でした。

わずかの短い時間の中で、息子のことを「面白い子だ。」と感じてくれた先生。
 『息子の人間性に興味を持って接してくれた先生』と母は感じました。

 息子と話をした後に、母親に語られた校長先生の言葉。

「息子さんは、いろんなことに自然に探究心を持って、一人で勉強して吸収できるお子さんです。家で本を読んだりテレビをみたり、外を歩いていろんなところから自然に学んでいくでしょう。学校に来れなくても、彼は一人でも勉強して、社会に出る為に必要な知識はつけていくでしょう。心配しなくても大丈夫です。」

「私も、そうだと思っています。そういう意味では息子のことは心配はしてません。」 と答えた私でしたが、

 『いえいえ、先生。それでも、他の子と同じように学校に通ってほしいのですが。』
 心の中では、おもわずそうつぶやいた私でした。

不思議なことに、この時の校長先生の言葉は、この後もずーっとクラスで授業を受けることがなかった子供を持つ母親の大きな励みになりました。

 『息子のことを理解してくれた先生が小学校にいる。』

共感できる先生が一人でも学校にいるという思いは、
「この先生のいる学校なら、息子は学校へ戻れる。」という思いにつながりました。
頼みの綱がようやく見つかったような気がしました。

校長先生の面白いもの

息子も校長先生に対して共感を感じたみたいでした。

帰り際に校長先生から「校長室には、今話したような面白いものが、いっぱいあるから見においで。」と誘われて、 「『校長室にあるおもしろいもの』を見に行くだけなら学校へ行けるかも。」と息子は思うようになったのでした。

「学校に来るのが無理だったら、また、校長先生が遊びに来てもいいけど。」と提案もしてくれましたが、校長先生の家庭訪問は、この日1日で終わりました。

 この初めての校長先生の家庭訪問の後、息子は週に1回校長室に訪問するようになったのでした。



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2013年8月22日木曜日

英国の小学校の卒業式

不登校生だった息子が卒業式に出席できるとも思っていませんでした。


イギリスの小学校の卒業式


息子が英国の学校に転校して4ヶ月で、小学校最終学年になってしまいました。

小学校6年の学年末が近付くにつれて、
親の会から『卒業生のパーティー(Leavers' Party)』のお知らせやら、
息子や彼のクラスメイトの「6年生は卒業前の発表会があるんだよ。』という話やら出始めて、

「やはり英国の小学校でも何やら卒業に向けていろいろあるんだなぁ。」
と盛り上がりの低い母親。

以前、娘が通っていたロンドンの小学校では、日本のような格式のある「卒業式」は全くなし。

一応、卒業生のための会(Leaver’s assembly)は、行われるのですが、
日本の「卒業式」のような式典ではなく、

『卒業生のための朝の朝会』
といった感じのあまりいつもと変わらない卒業生の学校最後の日

ということで、
イギリスの小学校の卒業式には、あまり期待をしていなかったのです。

日本の学校に行かせてよかったと思った事の一つが、格式のある「入学式」や「卒業式」があること。

制服のない学校だと、親だけでなく、子供たちもスーツやドレスを着たり、襟を正して出席するだけに、大きな感動の日ですよね 。

ロンドンの娘の小学校は制服がなく、卒業式だからといって特におめかしをするわけでもなく。

やきもきするうちに、ようやく卒業数日前に学校からのメイルだけのお知らせが届きました。

「Y6 Leavers' Assemblyは、朝9時05分から始まります。」
(Y6とはYear 6の略で、小学校6年生と言う意味という)


英国の卒業証書(Graduation Certificate)
丸い筒に入ってもいなく、リボンと生徒の名前のラベルだけでカジュアル。






7月の卒業式とママたちのドレスコード


『両親揃って、日本の卒業式のようなスーツで行くのもかしこまりすぎるかな。』

こういうときは、イギリスで定番のスマート・カジュアル

普段着よりおしゃれなシャツとスカートとヒールのあるサンダルで学校へ。

学校の講堂にはすでに6年生のカラフルなドレスを着たママたちが、ずらっと座っていました。

<7 月の卒業式>

イギリスの短い夏を楽しもうと、ママたちの服装は、サマードレスが多かったですね。

今年は、特に、天候に恵まれたイギリスの7月。
暖かい日が続き、ジャケットを着ている人は少なかったです。

袖なしのサマードレス小麦色に焼けたヘルシーな肌を見せるのが、イギリスのファッション。
夏になると、フェイク・タンのローションを塗って、白い肌を黄金色にしているママたちが、いっぱいいます。

ジャケットを持って来る人もいますが、白や黄色とかパステルカラーの華やかな色。
夏らしいカラフルなサマードレスをさらに鮮やかにします。

パパ達は、ジーンズの人もいましたが、靴は革靴。

スマート・カジュアルのコツは、足元じゃないかなと思います。
ジーンズでも、スニーカーでなくて、カジュアルな革靴。

女性は、ヒールのサンダル。
日本だと、つま先のでるサンダルは、フォーマル感がなくなりますが、イギリスの夏のファッションは、フォーマルな時も、つま先のでるサンダル。

ただし、ヒールのある靴。

ヒールが高ければ、高いほど、フォーマル感がでると言う感じがします。

今年の北アイルランドのサミットでも、このスマート・カジュアルのドレスコードが話題になっていましたよね。

スニーカーを履いていた安部首相のことも、英国の新聞では取り上げていました。

やはり、スマート・カジュアルのドレスコードのポイントは、足元でしょう。
さすがに英国は、革靴の文化ですね。

英国の小学校の卒業式は、カジュアルな中にも伝統ありということでしょうか。


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2013年7月28日日曜日

正式な不登校生

校長先生からの初めての電話

校長先生から初めて息子の不登校のことで、お電話をもらったのは、息子が連続30日学校に行かなかった1月の後半でした。

息子が、学校を頻繁にお休みしだしたのは、1学期から。
電話を受けた時は、半年以上たっていました。

その前に、校長先生にご相談したのは1回だけ。
なぜか?

今になってみると不思議なのですが、息子が入学した時に、校長先生も赴任されたばかりで、あまりお話しをしたことがなく、その点、副校長先生は、娘が編入した時から、お世話になっていたこともあるでしょう。

それよりもなによりも、学校へ電話すると、だいたい副校長先生が電話に出られるので、話す回数が多かったこともあります。

とりあえず、担任の先生以外の誰かに相談したいという気持ちだけで、誰に相談するのが一番いいのかということなど、ゆったりと考える余裕がなかったのかも。

「校長先生にも会って話した方がいいのでは?」と主人に言われて、校長先生にお会いした時に、「息子さんのことは、副校長から聞いています。担任と副校長に任せてあります。」といわれたこともあり、それ以上に、これ以上息子のことで多くの先生に迷惑をかけてはいけないと思っていたこともあり、いつもご相談するのは副校長先生でした。

正式な不登校生とは

さて、この時の校長先生のお電話で、息子は、この学校の不登校生第1号と教えられ、仰天。

 「そんなはずが。。。他の学年やクラスでも休みがちな生徒さんや保健室へ登校しているお子さんがいるのに?」 と、親が思えど、3学期になってからこの日まで、1度も学校に登校していなかった息子。

 晴れて、正式な不登校生になったのでした。

 私は、この時の校長先生からのお電話で初めて知ったのですが、年間で通算30日以上生徒が登校しないと初めて不登校生となるそうです。

こんなことも知らずに、半年以上も過ごしていたのかと思われるでしょうが、多分、思いつきもしなかったのでしょう。

学校に着いても、クラスに入れなかったり、学校まで歩いていっても、途中でかえってきてしまったり、1日1日が非常事態でした。

よく息子のお友達のお母様から、「息子さんが学校にいかなくても、ゆったりと構えていて。」と言われていたのですが、とんでもない。

私や主人にとっては、息子がクラスでお友達と一緒に勉強ができなくなってからは、西からお日様がのぼるような毎日。

息子の学校は、全児童数200名位のアットホームな学校で、家族3世代この小学校の卒業生と言った家庭がいっぱいいる学校でした。
校長先生から息子が『正式な不登校生』となった話を聞いた時、「こんな素敵な学校に不登校生をつくることになってしまった。」と言う申し訳ない気持ちでした。

 さて、この日のお電話で、校長先生が、できるだけ早くお会いしたいということで、すぐに息子の所に、学校が終わった後に会いに来て下さったのでした。

 この時、何か大きく変わったような気がしました。


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2013年7月25日木曜日

無事、卒業できたよ。 英国の小学校での卒業式

小学校1年生の時から不登校生となった息子が、この6月に卒業しました。

 日本から英国へ。 

 新5年生になる春に日本から英国の公立小学校に転校した息子でした。 

シャイで不安をいっぱい抱えた転校時の息子をしっている英国の学校の副校長先生からのコメントは、「サクセスストーリーですね。」と書かれていました。

 確かに、わずか1年で、 不登校生から、学校代表してテニストーナメントにでるまでの成長をした息子は、 「サクセスストーリー」かしら? 

息子の卒業にあたり、英国での本人のがんばりや先生方のサポートもありましたが、息子も私も日本でサポートをしてくださった方のことを忘れていません。

 学校の先生方や横浜市のハートフルの方々からご近所の方々まで。 

なによりも、なぜ息子が一緒にクラスで勉強できないのかがわからないまま、心配してくれていたクラスのお友達。 

卒業式にかぶった息子の手作りの学帽には、真ん中に大きな日本の旗一つだけついていました。

 「あっぱれ。むすこ。」 

 悲しい思いもした日本での学校生活でしたが、私も息子も覚えているのは、私たち親子をサポートしてくれた方々のことばかりです。 
このことを日本で一緒に悩んでくれた方々に知ってもらいたいと思い、ブログを始めます。




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